夏休み前―― 2人の男女は、こんな事を言っていた。

『カンケーないけど、私、うちのクラスの北山茂ってなんかヤだわ。いい加減っぽいしダラダラだし、おまけになにかしら、あの前髪……』
『どーでもいいけど、俺、うちのクラスの西本涼子ってなんかダメだわ。優等生ぶってるし気ィ強そーだし、おまけにこの前、ニラまれたんだぜー』

 夏も終わり、秋を過ぎて、季節はもう冬。
 そして今、冬休み目前―― もうすぐクリスマス。

「予定なんて何もないわ。クリスマスだからってどうだと言うの?」
「どうって、涼子は北山と約束があるんじゃないの?」
「え? 何もないわよ。そうなの?」
「そうなのって……女子の中では2人が付き合ってるんじゃないかって噂になってるよ。違うの?」

	そんな噂、私は初耳だわ。どうしてそんな事になっているのかしら?
	でもそうだとしたら、北山にはちょっと申し訳ないわね。
	噂してる人達も、勘違いだと気付いてくれたら良いのだけれど……。

 涼子は平ちゃんとの電話で少し困惑気味。
 そしてまたこちらも電話中の茂。電話の向こうはやはり中川。

「またどっか集まんだろ。幹事は? 誰?」
「何言ってんだよ。ついに一抜けだろ、お前は」
「は? 何の話?」
「西本さんだよ。前とずいぶん雰囲気違うよなって、お前達付き合ってるんじゃないの?」

	そうなのか? そんなに雰囲気違うかねぇ?
	つか寒くなって前髪下ろしたら、またなんかムッとしてるし。
	そもそも俺と西本さんって……実際のところどうなんだ?

 いつもの夜が更けて、またいつもの朝が来る。
 頭上に広がる青い空は、あの日見上げた花火よりもうんと高い。
 話す言葉も白くなる寒い朝、校門の前でふと立ち止まった。

	

【 ス キ 〜キライからはじまる物語〜 】

「あ!」 「あ?」  向かい合ったまま漂う微妙な空気。  それを掻き消すように口を開いたのは平ちゃんだ。 「おっはよー、中川。それに、北山も」 「……はよ」 「おはよう、平田さん……と、西本さん」 「……おはよう」  会話の途切れる涼子と茂。その空気を微妙に察する平ちゃんと中川。 「そ、そういや珍しいじゃない。中川がこんな時間に」 「そんな事ねーよ。あー、アレだ。昨日すげー眠くてドラマ途中から録画して寝ちったから?」 「あ、ひょっとして10時からの?」 「そうそう! 10時からの!」  会話が弾み出した二人はそのドラマの話題で盛り上がりながら先に歩き始める。  残された二人も自然並んで、ゆっくりとその後に続く。 「西本、おはよう」 「おはよう、北山君」  昨晩の電話での会話がふと頭をよぎった涼子は、周りからの視線が気になった。  自分の気のせいかと横の北山を見上げては見たが、以前のように下ろされた前髪で表情がわかりにくい。  茂はそんな涼子に気付いてはいたが、訝しげにのぞき込むその表情にかける言葉を見つけられない。 なんでそんな眉間に皺寄せてこっち見るかなー。 また前髪で目が隠れてて、何考えてんだかわかんねーってか? いいかげんわかんだろ、夏までならともかく。なんだよ、その顔は。  少し憤慨気味の茂に、その空気だけが涼子に伝わる。 イヤだ。また何だかいい加減っぽいカンジの北山だわ。 そうじゃないんだろうけど、やっぱりこれじゃ少し話しづらいわね。 でも視線を感じるのは気のせいじゃないみたい、誰なのかしら? 平ちゃんが言ってるみたいな誤解をしてる人がいるのなら、何だか北山に申し訳ないわね。  はぁっと吐き出された真っ白の溜息が、空気と混じり合って透き通って消えていく。  会話はない。ただ並んで歩く2人の頭の中に、カタチを成さない疑問が浮かんでは沈んでいく。  そんな2人に、いきなり振り返った前を歩く2人から声がかかる。 「それで、どうなってんだよ」 「クリスマス、涼子はどうするの?」  意表を衝かれた涼子と茂の声が重なる。 「別になんも?」 「いいえ、特には……」  顔を見合わせたのは平ちゃんと中川。 「そうなの?」  それだけ言って、その先の会話は昇降口の騒がしさにのまれていった。

 冬休みの始まりにある一大イベントといってもいい。  そんなクリスマスを前に、クラスの中も心なしかソワソワと落ち着かない雰囲気が漂っている。  休み時間になる度に他のクラスへと足を運ぶ者、教室へと駆け込んで来る者。  誰もが皆一様に楽しげで、ある意味どこか必死にも見えた。 「ちょっといい?」  名前も知らない他のクラスの女子に涼子が声をかけられたのは、ちょうど教室を出ようとした時の事だった。 「聞きたい事があるんだけど……北山の事で」  涼子の足が止まる。 「何かしら?」 「あー、ここじゃちょっと、ね。あっち、いい?」 「構わないけれど……すぐにすむかしら? 先生に呼ばれているのよ」 「すぐすぐ。すぐにすむって」  声をかけてきた2人の女子に隠れるように、背が低く、可愛らしい女子が戸惑うように立っていた。  言われるままにその後についていくと、階段の踊り場のところで3人は足を止めて涼子を取り囲むように振り返った。 「いきなり呼び出して悪いね」  前の2人がそう言うなり、背の低い女子はまたその2人の背後に隠れてしまった。  不思議そうに3人の顔をまじまじと涼子が見つめると、前の2人が顔を見合わせて頷いた。 「ちょっと噂? 聞いたんだけど……」 「西本さんってその、北山と付き合ってんの?」 「え? 北山君?」 「そう。なんか夏あたりにそんなの聞いてさ。今はあんま聞かないけど」 「そこいらへん、どうなってんの?」  涼子の反応を見ながら質問を続ける2人。  後ろの小さな女子はそんな2人のベストの裾を引っ張っては、赤い顔をして涼子の方をチラチラと窺っている。  その会話を本当に止めたいわけではないのだろう。むしろ一番答えを聞きたがっているように見える。  さすがに涼子でもその状況がどういう事かを理解した。 「私はそんな噂は聞いた事がないのだけれど……もしそういう話があるのなら、それはないわ」  真っ赤な顔をした彼女の表情が、これ以上はないだろうというくらいにわかりやすくパッと明るくなる。 あぁ、やっぱりあの可愛らしい女子は北山の事が好きなのね。 だとしたらそんな噂が流れているのは良くないわ、変な誤解を生んでしまうもの。 北山はこの事を知っているのかしら? 迷惑をかけていないといいのだけれど。  涼子が3人にきちんと説明しようと顔を上げた、その時である。 「あれ? 西本?」  タイミングがいいのか悪いのか、4人のいる踊り場へ現れたのは件の人。  階段を上ってきた茂は、珍しい組み合わせの4人組に不思議そうに目をやった。 あれ? なんか西本、他のクラスの女子に囲まれてるけど……ナニゴト? げ。いじめの現場的なアレじゃないよな。それはさすがにないか。 けどなんだ? こえー顔してこっち見てるな。俺、何かやっちったか? 「西本、ここにいたんだ。担任が職員室来いって……あ、取り込み中?」 何それ。またヒトゴトみたいに……それにしてもすごいタイミングだわ。 でも先生に言われて私を探していたのならちょっと悪かったわね。 そうだわ。話も早いし、この場は北山に任せて職員室に行ってはダメかしら? 申し訳ないけれど、急がないと休み時間が終わってしまうわ。 「北山君、先生は職員室にいるのね?」 「おー。なんかわかんねーけど急ぎだったっぽいよ」 「そう。あの、私、行ってもいいかしら? まだ何か話あるなら……」 「あっあぁ。ありがとね、もういいわ」 「そう? じゃぁ」  そう言って、涼子は小さく頭を下げると階段を下り、職員室へと向かった。  踊り場に残された女子3人と茂の間に、何ともいえない微妙な息苦しさが漂う。 「あー……その、悪ぃね。なんか話の途中だった?」 え? え? 何なのこの空気? やっぱアレ、いじめか何かだったとか? いやいや、そういうカンジでもねーよな、これは。 いやでもなんか、いづれー! 立ち去りてー! 何なんだよ!? でもまぁ何にしても仲良しってわけでもなさそうだし、ここは結果オーライか。 つってもこの人達は、なんかたぶん、俺に用事でもありそげなカンジ?  沈黙とも違う微妙な空気。茂の言葉に女子3人はまた顔を見合わせ言葉を交わす。  もうその場を離れたい様子を見てとったのか、意を決したように一番背の低い女子が一歩前に出た。 「あ、あのっ! きっ北山君!!」  いきなりの大きな声に驚いた茂の耳に、休み時間の終わりを知らせるチャイムが聞こえてきた。